社会福祉を学ぶ人に伝えたいこと


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縁あって社会福祉の業界に関わりはじめたのは、介護保険制度なんぞまだ世間には周知さえされていない25年くらい前のことである。

大学院の研究室からの人材紹介で、某専門学校の教壇に立つことになった。

今でも覚えているが鎖をじゃりじゃりさせているパンクのリーゼントのお兄さんたちの厳しい視線がぎろっと容赦なくわが身に降りかかってきたり、こういう人たち(あくまでも若気の偏見)に社会福祉の理論をどう教えるのか??と足がすくんで帰りたくなった。

そんなお兄さんやお姉さんが実習先の高齢者施設で老人たちと笑顔で園内の庭を散歩している姿をみて、またドキドキしたことを思い出す。
そんな彼らの一人がある授業中に「先生よ!おれ昨日、新宿のホームレスのおっさんたちと飲んで、一晩ごやかっいになったんっすよ」と私に言った。私は社会保障の教員ではないよ・・・と内心思いつつも「で、野外で寝た感想は??」などとつっこんだ。「それがねえ、段ボールの正しい敷き方って知ってます?すごい経験則の積み上げなんですねえ・・おれ、感心してしまったんですよ。教えてもらったとおり、段ボール引いたら、結構暖かった・・・。驚いちゃった・・。いやね、こんな風にすぐに身をもってありがたみの感じる知識って・・ないよね。ああ、人間って生きていくのって本当に素晴らしいことだなって。」
こんな風に話す彼の眼はいつになく暖かく感じられて、ピアスのきらめきも明るい未来を象徴しているような思いがした。

その後、卒業して栃木の田舎に帰った彼から「あけましておめでとうございます。デイサービス勤務5年目にしてついに主任になっちゃったんだけど、今度さあ、介護保険制度っていうのがはじまるでしょ。それで、一度勉強会がしたいんで栃木まで来てもらえませんでしょうか。」こんな文面の年賀状が非常勤先の専門学校に届いた。今でも年賀状をもらった時の心のときめきを忘れられない。

人生こんな感動がいつももらえるわけではないのだが、彼からの年賀状は私のその後の心の支えになってくれたのは事実である。本当にやられた、という感じがした。
それから社会福祉やその周辺で会った医学への行脚と放浪が続く日々、原点を振り返るとそこには彼らのあの鋭い視線と暖かい微笑みが脳裏に自然に浮かぶのである。

25年も業界に携わっていると利用者さんや患者さんから直接もらった宝物もたくさんある。私の家の台所のコルクボードに今も色褪せたメッセージカードが2枚貼ってある。
「黄昏さんにお会いできたのがなにより嬉しかったです。ありがとう。」こんな内容が書かれている。
このメッセージカードをもらった頃の私は、中年新人看護師としてきつい病棟勤務で心身落ち込むことばかりだった。こんなはずではなかった・・・と何度も唇をかみしめていた。
そんな時にたまたま担当したご高齢の患者さんにもらった「あなたにあえてよかった、ありがとう」の文字には病院の非常階段で、ぼろぼろと涙が止まらなかった。あのときの「ありがとう」がなかったら黄昏看護師は本日も存在しないことは間違いない。

まもなくこのカードを下さった患者さんは亡くなってしまったが、少なくてももっと素敵な終末期を送っていただくために自分がまだまだ未熟過ぎたことも痛感され、今だ日々の学びの姿勢を時々思い起こさせてくれる。

ドラマチックなエピソードもあるわけだが日々の24時間・365日の業界での仕事は極めてある意味単調な作業の繰り返しでもある。1年に1度はもう辞めたい、ぜったい辞めてやる!!といきり立つことやがっかりして立ち直れないことの方が絶対的に多いのが現実である。
この記事を書く出発点として、まもなくベテランというか第一線からは選手交代の人生の黄昏時を、今生きている一人の人間として次に続く貴方へ、今のうちにお仕事エンディング・メッセージを残しておかないと後悔するなあと思ったからなのである。

もしこの記事を読んで頂けて何か思ったことや質問やご意見があれば遠慮なく教えてほしい。
それが次に続く貴方の何かに役立つのであれば全身全霊、真剣に応えさせて頂く。

そして次回は今時の看護師を目指す学生さんたちをテーマに書きたいと思っているので、もしまたお会いすることがあればこれ幸いである。