こんばんわ。本日は敬老の日ですね。

私の祖父母はみんな他界してしまったので、敬老の日というものがここ数年縁遠くなってしまったのですが、十年前に他界した祖母についてすこし書いてみようと、敬老の日にTVで映し出される高齢者を見て思いました。

私の祖母は、一緒に住んではいなかったのですが同じ都内在住ということもあり、定期的に母と私と兄の様子を見に私の実家によく遊びに来ていました。

携帯電話もない時代に突然ピンポーンとやってくるので、よく母が「いきなり来ないでよ!これから外出しようと思っていたのに!」と言っていたのを記憶しています。

そんな折、私はそのおばあちゃんのことが大好きで、よくお小遣いをもらったり、母と大喧嘩した日はおばあちゃんの家に家出したこともありました(小学校一年で夜20時くらいに電車で40分人で泣きながら移動した当時のナカタ)

そんな祖母ですが、数年前に自宅で老衰で亡くなったのですが、昏睡時に祖母はうわ言の様に「お母さん、おかあさん」と言っていました。所謂、三途の川にいたのでしょうか。齢90歳だった祖母が、亡くなる前夜に自らの母を想う。まだ、20代だった私にも、それがすごく神秘的なものに思えました(神秘的っていう表現はなんか間違っているかもしれませんが)

そんな、昏睡時に見舞いに行った、私と妻はできることをやろうと、ベットの周辺を片づけたり、身体を拭いたりして、夜も遅いのでと明日は”逢える”かわからない祖母に後ろ髪を引かれる想いで、祖母宅をあとにすることに。

 

そうすると、祖母の寝ている部屋からは直接見えない玄関先で私たち夫婦が靴を履いていると大きな声で

「がんばれよ!!」と、祖母が叫びました。

(ああ、きっと昏睡していても私たちの存在は気が付いていたのだな)

その、4時間後祖母は息を引き取ったのですが、今でもたった4時間後に亡くなる人が最後まで孫を想うという、その生命力のすごさに感服しています。

失ってみて、今になって思うのは、もっと話を聞きたかったということ。

自分が成長することで見聞や興味も拡がり、高齢者の方ならではのご経験や体験をもっと聞いておけばよかったと後悔します。

 

戦争のこと、租界のこと、関東大震災のこと、母を生んだ時のこと、祖父とのなれ初め、兄が生まれた時のこと、自分が生まれた時のこと。

当たり前ですが、失った後には二度とその時のことや感情は聞くことができません。

今、まだ大切なご家族がご存命の方には、そういう本人でしか知りえない体験を是非聞いておくことをお勧めします。そして、我々の世代がそれを耳にし、後世に語り継がなくてはなりません。

遺品の整理で、中国っぽい場所にいる祖母の写真を数多く目にしましたが、それが中国のどこなのか、知る由もありません。

みなさんも祖父母の方を大切に!存命の方は今のうちに色々と語り合っておいてくださいね。

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写真は若き日の、ナカタの祖母です。

(なんか、キレイじゃね?)