介護をする上で最も重要なのは家族


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秋らしい、日が落ちるのがとても早くなってきた。
前回まで外国からふいている風の話をしたが、東南アジアと大きく異なるのは日本には1997年立法、2000年4月施行の介護保険法という法律に基づいた公的介護サービス体系があるということだ。良くも悪くも宗教や風土で、家族や近隣の支え合いが介護の基本となっている国々はそれらの国独自の良さがある。最近の東京という大都市の端には人情や情け、何気ない言葉かけは忘れかけられているような気がしてならない。

施設勤務が長いと家族との接触場面は想像されるよりはるかに少ない。入所受付は生活相談員が窓口になるし、入所してからのケアプランの作成はケアマネの担当になっているからだ。
面会にくる家族に接するのはフロアのスタッフの仕事となる。看護師である私が家族と接触する貴重な機会は主に利用者の通院の付添いで病院に同行する時が意外に多い。通院といっても入院が予測されるような状況や重要な検査に立ち会うというような場合だ。

長い病院の廊下の待合の長椅子に腰かけながら検査の間を待つ間、家族と並んで腰かけてポツリポツリと家族の声に耳を傾ける。「うちのおじいちゃん(旦那)は・・・外面ばかりよくて、他人には気前の本当にいい人でしたけど、家族はその分泣かされましたね。・・」「 ご苦労されてきたんですねえ。」「そう。いい人なんですけどね。給料が入れば、大判振る舞いして気前よくおごってきてろくに家にお金をいれてくれなかったり。いろいろありましたよ。」そう語られている小柄のAさんは認知症のために既に言葉を失っている。食事の時に喉に食べ物をむせて苦しそうな唸り声をあげる程度のおとなしいおじいさんである。

「もう、(介護は)十分かなと感じたりしたんだけどね、この人の年金で私も40歳にもなっても働かないで家にいる息子も養ってもらっているんですよ。だから、死なれてもはっきり言ってそれも本当は生活をしていくのに困るのですよ。でも長く入院されたら、入居費のほかに入院費用とても負担していけないです。お金ないですから・・」などと話、真っ白な白髪で背中のまるまった奥さんはふとため息をついた。

このAさんは、4人部屋の入所者であるから、月の入居費用は約8万くらいである。
残りの年金で、奥さんと中年の息子が生活しているというのだ。

ごく一般のサラリーマンだったAさんの抱えていた生活問題は入所だけではなく、自宅に残した家族をも養っていたという事実をそこではじめて知った。
「入院って言われたらお金がかかる・・・」「でも入院して治療しないと死んでしまっても困る」というどちらに転んでも行き場のない家族のやるせない思いに胸が痛んだ。そんな家族の事情を耳にする機会があると本当に高齢期の生き方というのをつくづく考えさせられてしまう。このAさんの奥さんも言葉の端々にはAさんへの愛情も十分に感じられるがゆえに心が痛かった。

結局Aさんは肺炎治療のために2か月近くの入院を余儀なくされ、そのまま病院で静かに息を引き取った。